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好きなゲームをレビューしない理由

先日、このブログを見てくれている方からのおたよりにてこのような質問をいただきました。

「375さんの日記からゲームが大好きなのは伝わってきます。ゲームをワクワクしながら手に入れていることもわかります。でもなんで手に入れたゲームをレビューしないんですか?もしかしてつまらなかったんですか?」

おたよりとかうれしいですね。まずはじめにお答えしましょう。本当に大好きなゲームだからこそレビューしないのです。というか正確にはできないのです。まず私が愛してやまないゲームが数点上げます。

・moon
・七つ風の島物語
・アクアノートの休日シリーズ
・FRAGILE~さよなら月の廃墟~
・沙耶の唄

上記の作品は世界観やら雰囲気やらがすばらしいゲームです。このように、私は世界観とか雰囲気とかをまずはじめに見てしまい、その世界観とか雰囲気を気に入ってしまうと、もうゲーム性とかストーリーとかそういうのはどうでもよくなってしまうのです。そしてそのゲームに対しての面白さを誰かに発信するときの表現は、「すごい楽しい」とか「もうすごいから、まじすごいから」とか到底論理的とかそういう表現からは遠ざかってしまっているものになります。そして、そのゲームに対してウィークポイント的な何かを言われたとしても「このゲームの雰囲気とか世界観が好きなのであって、そういうのはどうでもいい」とか言い放つわけですよ、この男は。それはつまりそのゲームに対して客観的な見方ができなくなっていて、すなわち客観的評価ができない状態なのですよ。もし評価というかレビューを行い、「このゲームはこれだけ面白いです」ということを伝えようと思っても、それは私の文章力では到底無理で、体全体を使ったジェスチャーで支離滅裂なことを言ってしまいます。結果的に「これだけ取り乱すほど好き」ということを感じ取ってほしいという、レビューでもなんでもないものになってしまいますが、そういうことなわけです。

そして去年や今年「待ちわびていたこのゲームを買ったんだよ!!」的な日記を書いていた「アクアノーツホリデイ」や「FRAGILE~さよなら月の廃墟~」はこの、レビューが困難なくらい大好きなゲームなのですよ。

たとえば「私が愛してやまないゲーム」である「アクアノーツホリデイ」のレビューをするとすれば、こんな感じです。

このゲームは潜水艦に乗り込み、海の中をふよふよするだけのゲームです。しかしながら海の中に魚がいて、そして自分自身も海の中にいる。これだけでいいじゃないですか。アクアノートの休日シリーズで切望していたのにもかかわらずPS2ではでませんでしたが、今回はPS3です。音やグラフィック、これらがすばらしいほどで、空気すら伝わってきます。これをやるには部屋を真っ暗にして大画面のモニタだけが見れる状態で、自分が見ているのはアクアノーツだけ、といった環境がベストです。見慣れない魚がいれば、「なんだこの魚・・・」とか言いながらじーっと観察して、観察している最中に大きな魚が!あぁ、どっかいっちゃう、ついていこう!そしたらよくわからない暗いところまで来ちゃって、またすごい魚がいて・・・。なんてことをしているうちに時間も忘れて海を漂ってしまいます。そして暗闇の向こうからマンボーがぬっと顔を出したりすると戦慄が走るとともに、うわっ!マンボーもいるんだ!!ってなわけでおおはしゃぎです。寝る間を惜しむなどといいますが、これは寝る間を惜しむのではなく、このゲームをやっていれば寝なくても癒されるから大丈夫、みたいなくらいすばらしいゲームです。実際はやっていると起きているのか寝ているのかわからないような、トリップした状態になることもありますが、それはそれでいいじゃない!だって心のそこから大好きっていえるゲームに出会えたんだもの!!

といった具合に、ゲームの何が面白いのかではなく、「いやもう面白いんすよ、ほんと面白いんすよ」みたいな内容になってしまうわけですよ。このような内容でよければわたしは喜んで、本当に喜んでレビューします。しかしそれはレビューではなく、猛烈に激しい感想文ですけどね。
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2009/04/25 04:40 | Comments(1) | TrackBack(0) | 戯言

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コメント

サーセン。後で編集します。
posted by 375 at 2009/04/25 04:44 [ コメントを修正する ]

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